鬼と五右衛門1
*鬼侍
五右衛門に憑いている、桃に執着する侍。姿は見えないが、五右衛門に米を食べてもらうことで憑依できる。
*五右衛門
大学2年生。米を食べると鬼に体を乗っ取られる残念な人。麺類が主食になっている。
気がつくと、時計の針が12のところで重なっている。もうこんな時間か。通りで眠いわけだ。
『なあ五右衛門。』
微睡む脳に鬼の声が響いた。
『あれをどう思う。』
「あれ?」
『外だ、外。』
窓に近寄り外をみる。
『あの丸いやつだ。どう思う。』
「どうって」
マンションの窓から見える景色。
陽が落ち、深い青に染まった空。そこに浮かんだ白い丸。
「月、だな。」
今夜は満月か。
眩しさに少し目を細くすると、鬼侍は深く息を吐いた。
『なんてつまらない男なんだ。』
なぜ馬鹿にされているのか。
『五右衛門よ、少しは学習したらどうだ。』
「何を。」
『先日も女性に「どうかな?」と問われ「どうって、チョコだろ」などと救いようの無い返答をして泣かせたばかりだろう。』
「だってチョコだろ。」
『私があの女性ならこの場でお主の腹を切り裂いただろうな。』
それは恐ろしいな。
俺はカーテンを閉め、ソファーに腰を下ろす。
柔らかいクッションに身をまかせると、抗う気の起きない眠気に襲われた。素直にあくびをもらせば『だらしない』と声が聞こえる。
「それで」
『うん?』
「お前はどう思ったんだよ。あの月。」
また風流が云々と始まるのだろうか。
そんなことを思いながら瞼の重さに逆らわず目を閉じる。
『そうさな』
「うん。」
『腸が煮えくり返りそうだ。』
「……はあ?」
何を突拍子のないことを。
『正直暴れたい。』
「穏やかじゃないな。……強制憑依とかしないでくれよ。」
『安心しろ。米を食わん限り乗っ取れん。』
そうかい、ならいいんだ。
一瞬飛びかけた眠気を引き戻すため、ソファーの背もたれにかかっていた毛布をひっぱりくるまる。
『聞け五右衛門。乗っ取れんということは、助けることもできないということだ。私には力があるが、時に無力だ。』
「わかってるよ。何度も聞いた。」
『不安しかない。』
「少しは信頼してくれ。」
『ふん』
手元のリモコンで、部屋の明かりを落とす。
ピー、と機械的な音がして視界が薄暗くなった。明日は1限があった気がする。さっさと寝よう。
『寝るのか』
「うん。……ああそうだ、お前さ」
『?』
「腹が立つほど嫌なものがあるなら教えてくれよ。月に対する怒りは、まあ理解はできないけどさ、視界に入れない努力くらいはできるだろ。」
『五右衛門……』
ああ、いい感じの睡魔だ。
心地よい波にのって夢の世界へ行ける気がする。
『ならばひとつ聞いてくれるか』
「ああ……?」
『その優しさは私ではなく、あの女性にだな』
「うるせえ」
鬼が笑った気配を最後に、俺は意識を手放した。
(2019/2/18)
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