五右衛門と鬼2
五右衛門
大学2年生。米を食べると鬼に体を乗っ取られる残念な人。
鬼侍
五右衛門に憑いている鬼。桃に執着している。
百瀬 百(ももせ もも)
大学2年生。五右衛門と同じく鬼侍に憑かれている。
『……眠い』
昼、大学の敷地内。体育館側の自販機前。
講義中もねむいねむいとのたまっていたこの鬼は、今もゆっくりとした口調で語りかけてくる。
『閃いた……。医務室とやらで仮眠をとろう。』
「一人で寝てくれ」
お経のような1限で、この眠い声を聞きながら寝落ちしなかったのは奇跡だと思う。
『五右衛門……』
「なに」
『米を食うときは……起こすように……』
「ないから安心しろ」
ガコンッと乱暴に吐き出された缶コーヒーを取りだしながら小声で返す。返事はない。どうやら本当に寝たらしい。
いつものすかした態度を思えばかなり珍しいのだが、昨日は眠れなかったのだろうか。
"腸がにえくり返りそうだ"
満月に対して、そんなことを言っていた。
一体何があったのだろう。気になる気もするが……
「……まあ、8割どうでもいいな。」
「何が?」
「うわっ」
変な声が出た。
咳払いをしながら振り向くと、ジャージを着た女の子がこちらをみていた。大きな目をぱちぱちとしたあと、はっと口許に手をやる。
「あっごめんね、驚かすつもりはなかったよ」
「……百瀬」
「うん、百瀬だよ~」
にこ~っとゆるい顔で、女の子は笑う。
百瀬 百(ももせ もも)。俺と同じ大学2年生で、バイト先が同じ。数少ない友人の1人だ。
「五右衛門くんがみえたから挨拶にきたんだ」
「そりゃどうも」
「えへへ、どうもどうも~」
百瀬といると水族館のくらげでも見ている気分になってくる。
「冬でも運動すると暑いねぇ」
ジャージからの袖からのぞく腕には、絆創膏がいくつか貼られていた。百瀬は不運体質なのか注意散漫なのか、よく転んだりぶつかったりしている。
「体育だったのか」
「そう。さっきまでここでバスケしてたの。」
言われて見てみると、体育館から運動着をきた男女がわらわらと出てくるところだった。
「バスケか。もっと安全なのを選ぶと思った。」
「そうなんだよね。ちょっと失敗したかも。」
「怪我、しなかったのか」
「したよ~。だから」
ちょいちょいと手招きされ、近づく。百瀬の顔が耳元により、
「ほとんどソフィアがやってくれた。」
百瀬は小声でそう囁くと、またゆるく笑った。
ソフィアとは、彼女についている鬼の名前だ。俺に憑いた鬼とは違い、百瀬が少しでも怪我をした瞬間に憑依し、自由に行動することができるらしい。
以前「憑依スピードはわたしの勝ちだね~」とほんわか言っていたが、意図しないタイミングで体を乗っ取られるのは勘弁してほしい。
「もも!着替えるよ!」
「あ、はーい」
髪を金色に染めた女の子が百瀬を呼ぶ。
「あっごえごえだ!」
「誰だそれは」
「ごえごえ~!」
不本意すぎるあだ名を叫びながら、更衣室へ入っていく。あいかわらず元気そうな人たちだ。
「そうだ五右衛門くん、今日シフトはいってる?」
「うん」
「一緒に行こう」
「わかった。4限終わったら連絡する。」
ふわふわと去っていく百瀬を見送る。
時計をみると、次の講義まであと5分くらいだった。
4限が終わる頃には、鬼も起きるだろうか。
いつもより周りの音がよく聞こえる。
「ふぁ……」
あくびを噛み殺しながら教室へ向かった。
(2019/2/22)
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